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東京高等裁判所 昭和25年(う)4005号 判決 1951年5月26日

控訴人 被告人 井上時太郎

弁護人 佐々野虎一

検察官 入戸野行雄関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人佐野虎一の控訴趣意は同人作成名義の控訴趣意書と題する末尾添附の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は左の通り判断する。

しかし仮りに被告人が小林たつと内縁の夫婦関係があつて、被告人に夫権乃至他人に侵害せられない一種の権利があり、これを後閑厚親が侵害したから同人に対し一定金額の損害賠償請求があつたとしても、権利の行使として即ちその権利の存在を認識しこれを真に実行する意思を以てする場合は格別、権利の存在を認識し、これを正当に行使する意思なくして他人を脅迫して金員を交付させたときは恐喝罪の成立があるものと為すのが正当である。本件において被告人等において所論権利の存在を認識し、これを真に実行する意思を以て本件行為をしたことは記録に肯定し難い。また共謀の点についても原判決の認定に過誤はない。故に原判決が被告人を恐喝罪の共同正犯として処断したのは正当である。なお諸般の情状を考量すると原判決の刑の量定は失当でない。論旨は何れも理由がない。

仍て刑事訴訟法第三九六条第一八一条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 石井文治 判事 鈴木勇)

弁護人の控訴趣旨

原判決は次の様な事実の誤認があります。

(1) 被告人井上の行為は権利の実行行為である。

被告人井上と原審相被告人小林たつとは内縁の夫婦関係にあつた。被害者後閑は、この夫婦関係を知りながら小林と私通関係を結んだことは、被告人井上の夫権を侵害したものであります。従つて井上は後閑に対して、私通関係の中止及び慰藉料等の請求をなす権利の有するものである。

而して、後閑に対して請求した金額は一万円で、喝取した金額は僅に五千円であります。貨幣価値の低い今日では、民法上請求できる慰藉料よりも遙に少額である。只請求の方法に多少の激論を交したことは、始めて妻と後閑の不貞関係を聞き及んで夫として誠に止むを得ないものであります。

これを以つて、直ちに請求方法が公序良俗に反した行為であると断言することは出来ない。

然るに、原判決は夫たるものが通常有する感情並に行動を目して違法な行為と判断したことは人情風俗を無視したものであります。即ち権利の行使を目して、恐喝と判断したものであります。

(2) 仮りに、被告人井上の行為が権利行使の範囲を逸脱した違法な行為であつたとしても、これは共同正犯でなくて、従犯に過ぎない。

本件犯行を企だてたものは、原審相被告人横室と小林であつて、被告人は横室が被害者後閑の宅に交渉に行つた第二回目、即ち昭和二十四年十月二十八日たまたま後閑の宅を訪れて後閑と小林の関係を知り興奮のあまり暴言を吐き相被告人等の犯罪の遂行を容易ならしめたに止ります。金五千円を受領したのは翌々三十日横室及小林の両人であつて被告人井上は、全く関知しなかつた。被告人井上は五千円喝取に主たる役割を演じたものでなく、唯助力したに過ぎない。之を共同正犯と断じたことは明かに誤りであります。

(3) 右(1) 及び(2) の事実は原審に於ける証人後閑厚親の証言で明瞭であります。

右事実の誤認は、いづれも判決に影響を及ぼすことが明らかであります。

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